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ある港町にて

  • 15hono20
  • 2025年11月9日
  • 読了時間: 5分

とある星の宇宙港からホバーライナーに乗り、寝台列車とバスを乗り継いで、ノクと夕里子は小さな港町へと辿り着いた。ノクの旅の目的は自然と触れ合うことではあるが、夕里子を連れて動くことを考えると過酷な荒野や危険地帯へ行くことは出来ない。そこで、自然が近く、かつそれなりに生活基盤がある街を見繕って滞在することにしたのだった。

今回選んだのは、穏やかな海が望める田舎の港町。事前に調べた情報の通り、街の表通りは地元で暮らす人々や商人たちで賑わいを見せている。ノクは街の住人に話を聞きながら、適当な宿を選んでひとまず身を落ち着けることとした。


木造の簡素な作りの宿へ入るとカウンターでは恰幅のいい女将が出迎えてくれた。

「いらっしゃい、二人だね。二部屋でいいかい?」

「一部屋で安く泊まらせてもらえると助かるんすけど」

「構わないけど、ベッドは一つしかないよ」

「俺は床で寝ます」

「そうかい。じゃあ宿帳を書いとくれ」

ノクに続いて、夕里子も宿帳にすらすらと記入していく。女将は鍵束から鍵を選びながら言葉を続ける。

「夜には港の広場に屋台が出るから、遊びに行くといいよ。ああ、でも女の子を連れて行くのは危ないかもしれないね……」

「あ……そんな感じなんすね。綺麗な街だから、治安は悪くないのかと」

「昼間はよっぽどね。でも用心はした方が良いよ。血気盛んな男どもが……」

女将が言葉を連ねようとするのと同時に、カウンター横の共用スペースで昼間から酒を酌み交わす船乗りたちの野太い談笑の声が響いてきた。

「……まあ、こんな感じだからさ」

「あ、はは……」

ノクは苦笑いをしながら、客室の鍵を受け取った。


床の軋む客室は可もなく不可もなくといった見た目で、この港町での滞在をやり過ごすのに最低限の設備が整っていた。先の下見で魚を買い取ってくれそうな店に目星がついていたので、ノクは旅費の足しにするため、海へ魚を釣りに行く算段をしていた。しかし夕里子を釣りに連れて行くわけにはいかない。荷物を漁って準備を整えながら、ノクは夕里子に釘を刺す。

「ちゃんと鍵かけてここに居て。一人で出歩いちゃダメだよ?」

「お前の指図など受けません」

ベッドに腰掛けた夕里子はいつものように腕を組み、ノクを見据えて冷たくあしらった。

「頼むって……知らない土地で女の子を一人置いてくの、俺だって心苦しいんだから」

「……戯言ね」

「ほんと、どっか行かないでね?マジだからね?なるべく早く戻ってくるから!」

そう言い残し、ノクは客室の鍵をかけて宿を後にした。



夕刻、ノクは釣った魚を売り終えると早足で宿へ戻った。客室の鍵を挿して、回して、ドアノブを捻る。ドアが開かない。鍵は今〝かかった〟のだ。

「嘘だろ……」

再度鍵を回し、勢い良くドアを開けて部屋の中を確認する。夕里子の姿が無い。嫌な予感はしていたが、案の定であった。

「っ、無事で居てくれよ……!」

呟きながら余計な荷物を部屋に置いて身軽になり、ノクは夕里子を探すため、薄暗い街へと繰り出した。


やや静けさを孕んだ大通り、屋台の並びにごった返す人混み、怪しげな路地裏の陰。あちこちを何度も行き来して探し回ったが、夕里子は見つからなかった。すっかり日も暮れ、街中には千鳥足の男達も増えてきた。こんなに探しても見つからないのだ、どこかですれ違ったのかも知れない。ノクは一縷の望みをかけ、しかしとぼとぼと、宿へ戻った。

部屋の鍵を開け、ドアを開けると、窓辺に佇む夕里子の姿があった。鍵はかけて行ったはずなのに、なぜ戻っているのか。いや、この際そんなことはどうだって良い。部屋に入りドアを閉じると、ノクは一気に脱力し、大きく息をついてしゃがみ込んだ。

「ここに居てって言ったじゃん……」

「ええ、言いましたね」

「あー……俺が何を言っても無駄ってわけね……」

こちらを見もせず言葉を返す夕里子にノクは再び、ため息を吐いた。暫しの沈黙が、二人の間に流れる。

「……もうちょい、自分のこと大事にしてくんない?」

ノクは夕里子の機嫌を伺うように、弱々しい声音で懇願した。

「この身に固執する理由などありません。消えればそれまでです」

「えっと……その、理由、さ……俺が夕里ちゃんを大事に思ってるから、じゃ、ダメ?」

「お前の意思を汲む必要がどこにありますか?」

「まあ、そうですよねー……」

夕里子が自分の情に流されるような人間でないと分かってはいたものの、自らの存在を易々と軽んじる夕里子の価値観と、それを咎めきれない己の無力さを、ノクは歯痒く感じた。

「分かってるよ……どこにも行くなって言われるほど、どっか行きたくなる性分なんだろ?」

ノクは徐に立ち上がり、気まずそうに俯く。

「つってもさあ……じゃあどうぞどこでも行ってください、なんて言えるわけないだろ……」

夕里子は窓の外を見ている。しかしノクの辛辣な表情の奥を全て見透かしているとでも言うように、密やかに笑んだ。

「……ふ。ノク、お前との戯曲……全くつまらぬ筋書きというわけでもない」

「あ……え?ああ……そう……?それは、えっと……そういうこと?」

「浅はかな推察は己を滅ぼしますよ」

「えぇっ!?俺やっぱ夕里ちゃんのこと何も分からんわ……」

「お前ごときがこの身を理解出来るとでも?」

「は、はい……すいませんでした……」

何か上手く丸め込まれたような気がして、脳内に疑問符が浮かぶ。これでは格好がつかないと、ノクは夕里子に歩み寄って訴えかける。

「……その……俺は、夕里ちゃんに消えて欲しくないから。夕里ちゃんが自分を大事にしないなら、俺がもっと夕里ちゃんのこと大事にしちゃうから。そこんとこよろしく」

「……それは居心地が悪そうね」

夕里子の返事を聞き、ノクは柔らかく苦笑した。

「てか、安心したらめっちゃ腹減ったわ……なんか食いに行かね?」

「人間とは無駄の多い生き物ですね」

「まあまあ、夕里ちゃんは飯なんか興味無いかもしんねーけど。行方不明の前科作っちゃったから、強制連行です」

ノクはそう言うと優しく夕里子の手を取った。しかし夕里子はその手をするりと振り払う。

「煩わしい」

だがノクはふっと笑って、再度夕里子の手を強く握り、腕ごと夕里子を引き寄せた。

「だーめ」

夕里子は微かに眉を顰めてノクを睨んだ。しかし今の夕里子に出来る抵抗など、その程度のことなのであった。

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