セツの正義感について
- 15hono20
- 2025年11月9日
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💙セツの正義感について
ループ開始から二日目の夜、セツは情報収集のためにラキオの元を訪れていた。この船の乗員は十五人。検出されたグノーシア反応は三体。初日に二人がドクターに、三人がエンジニアに名乗り出ている。今日の議論開始時にはエンジニアに名乗り出ているシピが、オトメはグノーシアであるとの報告をした。
そんなオトメを、ラキオは議論中に疑っていた。まだ二日目。このグノーシア報告が嘘の可能性も十分にあり得る。もしかしたらシピとラキオはグノーシアで、共謀しているのでは──セツはそう仮説を立て、ラキオを揺さぶれないかと考えたのであった。
「とりあえずオトメを冷凍睡眠させてドクターの報告を聞けば、少しは見通しが良くなるンじゃない?誰がまがい物かはともかく、どこがグルなのかは明確になるだろうしね」
「確かに……オトメをグノーシアだと報告したドクターは、おそらくはシピと同陣営ということになるからね。ドクターが一人でも残っていれば、大きな手掛かりになる」
ラキオは頭脳明晰だ。グノーシア陣営の時でも、物事を理論ベースでフラットに思考する性格ゆえに、仲間の存在を意識させない振る舞いが上手い。あくまで盤面の整理を目的としてオトメをコールドスリープさせようとする、というロジック。実にラキオらしい、効率重視の合理的な策だ。だが筋が通っているからといって、無闇に信用するわけにはいかない。セツはオトメのコールドスリープを引き止めようと、言葉を紡いだ。
「私は……出来ることなら、無駄な犠牲者は出したくないと思っているんだ」
それはラキオを揺さぶるための台詞でもあったが、セツの本心でもあった。何度でも時間は巻き戻る。だが、やはり無意味に消えて欲しくない。凍って欲しくない。全ての宇宙は確かにそこに、存在しているはずなのだから。
「とりあえずで冷凍するなって言いたいのかい?ハハッ、ずいぶんと偽善者ぶるじゃないか。さっき君が冷酷に追い詰めて冷凍睡眠させたコメットが、本当にグノーシアだったかも分からないのにね。そもそもそんな綺麗事、言ってられる状況じゃないと思うンだけど?」
自らの行いを引き合いに出され、セツは一瞬怯んだ。今日の投票ではコメットのコールドスリープが決まったのだが、話し合いではセツの一声が発端となり、皆が次々にコメットへの疑念を露わにし始めたのだ。
「それは……コメットのことを、グノーシアだと思っていたわけではないんだ。手がかりを掴むきっかけになればと思って……結果として、コメットに票が集まってしまったけれど……」
セツがコメットに疑いを向けた狙いは、仲間同士の繋がりを探るためだった。コメットはエンジニアに名乗り出ていた。バグが存在しないこの宇宙では、名乗り出ている三人のエンジニアの内訳は、本物、グノーシア、AC主義者である。三人のうち二人は人間である以上、必ずしもエンジニアを早急に排除する必要は無いとセツは考えていた。偽物をあえて残しておくことで、論理破綻により確実に敵だと見分けられる可能性もある。それでも一旦コメットを疑ったのは、コメットを庇う者が居るかどうか、それが誰なのかを把握しておきたかったからだ。
しかし、ぽつりと一言だけ意見を挟む程度のつもりが、セツの意見に同調する者が思いの外多く、セツの思惑とは裏腹にコメットはコールドスリープしてしまった。コメットを表立って庇う者も居なかったが、ああも四方八方から疑われている相手を庇うのはかなり目立つ行為だ。仲間が居たとしても、口を閉ざす場面だろう。手がかりを掴めたとは言い難い結果だった。
「ふぅん、敵とも思っていないのに疑いを向けたの?そのくせ、自分の手を汚す覚悟は無い、と。なるほどね、君はそういう人間なンだ。よく分かったよ」
「……そうだね。私の言動は、矛盾しているのかもしれない。それでも、常に最善の選択をしているつもりだ」
「最善、ねえ……君との対話に少しでも期待をした僕が間違っていたよ。もう結構だ、出ていってくれない?」
セツの言葉に愛想を尽かした様子で、ラキオはセツの退室を促した。しかし、セツは言葉を続けた。
「ラキオをもし味方だと思えば……私はラキオを守る。感情論は、抜きでね」
それはただ、セツの願いのようなものだった。自分の正義を信じて貫くこと。それがセツの在り方なのだ。
「……ハン。余計なお世話だね。自分の身くらい、自分で守る」
ラキオには、セツの正義は届かない。だが届かなくとも揺るがず在ろうと、セツは決意を抱きながら、ラキオの部屋を後にした。
次の日、七票という圧倒的得票数によりジナのコールドスリープが決定した。ジナは議論中に無差別とも取れるほど多方面へ疑いを向けており、過剰な発言をセツに嗜められたのだった。
その夜、ほのかはラキオの部屋を訪れた。扉をノックすると、ラキオがいつも通り不機嫌そうに出迎える。そんなラキオの態度には構わず、ほのかもいつも通りの穏やかな笑顔で挨拶を返す。
「こんばんは」
「……何の用?」
「んー……作戦会議?」
「信用されるとでも思ってる?」
「私が勝手に喋るだけなら、いいでしょ?」
退路を絶たれたのか、ラキオは一つ息を吐いて、デスクチェアを引き出す動作を見せる。デスクチェアをベッドに向かい合わせて置くのは、ラキオが話を聞く意思がある時のフォーメーションだ。ほのかも黙って入室し、ベッドへ静かに腰掛けた。
「ジナさあ……多分人間だよね」
「……ふぅン……ならばなぜ、ジナに投票した?」
切り出されたほのかの質問に是とも非とも答えず、ラキオは質問を返す。ほのかは一拍置いたのち、ふっと息を吐いてこう続ける。
「最悪なこと言って良い?」
微笑と共に繰り出された台詞に、ラキオは沈黙で応える。くだらない前置きはいい、さっさと質問に答えろと、その眼光が物語っていた。ほのかは脚を組み直し、長い髪を右の耳へと掛けながら、回答を述べた。
「邪魔だったし、目立ちたくなかったから」
それを受けたラキオは警戒態勢のままに、冷ややかな口調で告げた。
「へぇ……君ってそういう思考も出来たンだ」
「えへへ。いつもは良い子ぶってまーす」
戯けるほのかをラキオはじっと観察し続ける。目の前にいるこの生物が自分にとっての敵であるかを見定めるための、あらゆる些細な手掛かりをも探っているようだった。そんなラキオにほのかは隙を見せつけるかの如く、自らの手の内を晒していく。
「ジナの発言は議論を撹乱させてたから、まあ……凍るのも仕方ないよね。それにあんな状態のジナを庇おうとして自分まで目立っちゃったら、今度はこっちが凍りそうじゃん?」
「つまり君はそれらしい理屈を盾に人間を排除しようとしているグノーシア、ってところかな」
「あははー。まあそうなるよねー」
ラキオの辛辣な仮説にほのかは少しも動じず、むしろ筋道通りとすら言った様子で、眉を下げながら笑う。そのままペースを崩さず、穏やかに話を続ける。
「一応私の見立てでは、オトメちゃんとククちゃんと沙明がグノーシアかなって思ってるんだけど。で、本物のエンジニアは多分シピ。レムナンもちょい怪しいから、まあ……もしかしたらコメットが本物の可能性もちょっとあるかも」
「……なるほどね」
ラキオは何かに勘付いた様子で、はたと瞬きをした。ほのかもその仕草に気付き、表情を綻ばせる。
「えへ。勘のいいラキオちゃんなら、もうお分かりですか?私が何を言いたいのか」
「いいや?さっぱりだね」
「あっはは。あくまでも私の出方を見るスタンスか。さすがだね」
情報の開示によりラキオの警戒態勢が緩むことを期待したほのかだったが、やはり一筋縄ではいかないようだ。セオリー通り『私が勝手に喋る』しか無さそうだなと、ほのかは観念して言葉を続ける。
「私からは、ラキオちゃんも同じ推測をしてるように見えるんだけど……違う?」
「ま、そう来ると思ったよ」
そのやりとりは二人にとってただの確認作業だった。数秒のインターバルを挟み、ラキオが口を開く。
「それで?同盟でも組みたいの?」
意外な質問にほのかは一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を歪める。
「まあ、組んでくれるなら助かるけど……ぶっちゃけ今の私、怪しすぎるから……どっちでもいいよ」
「その謙虚な姿勢も“良い子”のふり?」
「あははっ。そうかもね」
ラキオは思考を巡らせた。ほのかが人間かグノーシアかはこの際どちらでも構わない。自分にとって、利用する価値があるかどうかだ。手を組みたいのかとあえてこちらから質問したのも、それを見極めるための導線。驚く仕草に曖昧な返答。人間としてもグノーシアとしても“らしい”し“上手い”。
疑心暗鬼に陥っているジナをいっそ冷凍睡眠させてしまうのは、人間側にとっても有利な策と言えるだろう。そして仮にほのかがグノーシアだった場合、その策をあえて人間に開示するのは、嘘をつかずに人間に取り入る賢い立ち回りだ。そういうやり方は嫌いじゃない。
それに加えて、ほのかと自分の推測は一致しているということらしい。今のところは共通の目的を持って動き、違和感があればほのかを切り捨てれば良い。ほのかがグノーシアだった場合、手を組んでいれば襲撃の可能性も下がるかもしれない──
「……良いだろう。足を引っ張るようなら、手を切るだけだからね」
検討の結果、ほのかと手を組むことは得だとラキオの中で判断された。ほのかは想定外の展開に、驚愕と歓喜の表情を見せる。
「え、本当?ありがとう!じゃあ生き残れるように、頑張りますっ」
「まあ、せいぜい足掻きなよ」
ほのかの表情の真偽を見抜くことはできなかったが、どちらにせよめでたい奴だなとラキオは呆れて息をつくのだった。
その後数日に及ぶ議論ののち、LeViによってグノーシア反応の消失が告げられた。生存者はほのか、ラキオ、セツ、シピ、夕里子だ。ドクターとして名乗り出ていた夕里子の報告によると、乗員の中に紛れ込んでいたグノーシアはオトメ、ククルシカ、そして最後にコールドスリープした沙明の三名で間違いないようだった。
セツがロビーを訪れると、ラキオとほのかが雑談をしている様子であった。この二人の場合は、反省会だろうか。僕は君こそ怪しいと踏んでいたンだけど、というラキオの台詞が聞こえてくる。えへへ、とマイペースにそれを受け流すほのか。この二人と揃って生き残るのは久しぶりだ。セツは二人に歩み寄り、労いの声をかける。
「ほのか、ラキオ、お疲れ様。危機は脱したようだね」
「セツ、お疲れ。ラキオちゃんが協力してくれてたからね。助かったよ」
「当然の結果だよ。まあ、セツが無意味な正義を振り翳さなければ、もっと早く終わっていたかもしれないけどね」
「……ああ」
息をするように吐かれるラキオの皮肉に、セツは気まずげな相槌を打つ。その様子にラキオは口角を上げ、満足げに続ける。
「結局は効率を重視した方が、犠牲も最小限に抑えられるってことさ。君の思考がいかに愚劣か、よく分かったンじゃない?」
「……」
セツは視線を落とし、ばつが悪そうに黙り込んだ。見兼ねてほのかが、穏やかに口を開く。
「セツのやり方が間違ってるわけじゃないと思うよ。今回はたまたまうまく行かなかったってだけ。何が最善かは、時と場合によって違うでしょ?」
「ほのか……」
「……ふぅん……ほのかのやり方も、少しくらいは認めてやってたンだけど。そうやってすぐ他人を甘やかす方針については、やはり理解が及ばないね」
勝利の余韻に水を差されたラキオは吊り上げていた口角をスンと下げ、不機嫌の色を露わにした。
「ラキオ。ほのかはそんなつもりで言ってるんじゃない」
「セツ。……大丈夫だよ」
憤慨の滲む声音でラキオを嗜めたセツを、ほのかがさらに強く、しかしこの上なく優しく、制した。
「……フン。偉いね?君は」
「ラキオ……!」
「いいから。ラキオちゃん、協力してくれてありがとね。セツ、行こう」
「あ、ああ……ラキオ、それじゃ」
退却を促されたセツはラキオに別れを告げ、ほのかの後に続いて歩き出した。しばらく廊下を進み、ラキオに声の届かないであろう場所まで来ると、セツが再び口を開く。
「ほのかは……強いね」
「え……そうかな」
「ラキオに何を言われても、いつも全く動じないだろう?」
「あー……それって、強いのかな……?」
「普通ならきっと、傷付いたり怒ったりするんじゃないかな。……ほのかも、平気なふりをしているだけなんじゃないかって、思ってしまうよ」
「いやいや、そんなことない!本当に、平気だよ!」
シリアスな憶測を否定するほのかの必死さに、セツはくすくすと笑みを漏らす。ほのかもつられて笑った後、少しだけ生真面目なトーンで続ける。
「ラキオちゃんがああいう言い方するのにも、理由があるって知ってるからさ。セツも、それには同意してくれるでしょ?」
「まあ……ね。でも、生い立ちを理由に他人を罵って良いわけじゃない」
「うーん……そう、だね……私も、他の人が言われてたら、ちょっとくらいは咎めるかも知れない……いや、でもさ。さっきのラキオちゃんのは、別に私を罵ったわけじゃないと思うんだよね……」
「えっ、そう……?」
思いもよらない返答に、セツは戸惑いと驚きの入り混じった表情で答える。ほのかは時折小さく唸りながら、言葉を紡ぐ。
「だって、理解が及ばないっていうのも、私の在り方を偉いって思うのも、ラキオちゃんの価値観だから……ただの、事実……じゃない……?えっと、違ってたら、ごめん……」
セツは、不意打ちを喰らって固まった。大きく瞬きをした後、眉を伏せて小さく微笑む。
「……やっぱり……すごいな、ほのかは」
「え、えー……そうかな……」
「ラキオを見る目が、変わりそうだよ。いや……ラキオだけじゃない。私の価値観が少しだけ、揺らいだかも知れない。ふふ」
「えっ、そんなに!?」
そうやって本気で驚くところもまた無自覚の証明だなあと、セツは心の中でほのかへ賛辞を贈った。
「……そろそろ、ループが起こりそうだね。ほのかが次に会う私は、まだ価値観の揺らいでいない私かな……そんな私のことも、よろしく頼むよ」
「あはは……了解。じゃあ、またね。お疲れ様」
互いに、このループに別れを告げる。なんとなく、この宇宙のことはずっと覚えているんだろうなと、ほのかは遠のく意識の中でぼんやり考えた。
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