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ハッピーアンドバースデー

  • 15hono20
  • 2025年11月29日
  • 読了時間: 6分

更新日:2025年11月30日

「ラキオちゃん、お誕生日おめでと〜!」

玄関を開けるなり、ほのかはケーキ屋の紙袋を掲げて声高に祝辞を述べた。

出迎えたラキオは訝しげな表情でほのかを見つめる。

「あ、これは私が食べるやつね?」

「……仮に違ったら帰ってもらうところだね」

「あはは〜!よかった、帰らされなくて!」

今日はラキオの誕生日。別段何をするというわけでもないが、二人で過ごすことは以前から決めていた。前日の夜に漸くほのかから、準備が出来次第ラキオの家に行く旨の連絡。決まっていたのはただそれだけだった。

家へ上がり込んだほのかはケーキの紙袋を手にそそくさとキッチンへ向かう。サプリで栄養を管理しているために、生活に料理という文化が無いラキオの部屋のキッチンはとても狭い。ほのかはやむなく、シンクの隣にほぼ隙間無く設置された一口コンロの上にケーキを仮置きする。シンクの上部に備え付けられた気持ちばかりの食器棚らしきスペースから小皿を二枚、そしてキッチンの小さな引き出しからフォークを一本取り出す。この家に手頃な食器が存在したことに感謝するべきだろう。まあ、どれもほのかが持ち込んだものなのだが。

キッチンでケーキの箱を開けるのは無理だと判断し、ほのかはフィールドをダイニングテーブルに移して戦況を立て直す。テーブルに着いてほのかの様子を見ていたラキオは、キッチンが空いたので電気ケトルに水を汲み、紅茶を淹れる準備を進める。

ほのかは紙袋から慎重に箱を取り出す。箱を開けると、中にはケーキが二つ。大きないちごとカスタードクリームが溢れんばかりに乗せられたタルトと、スライスアーモンドのキャラメリゼがあしらわれた、いかにもずっしりと濃厚そうなチョコレートケーキだ。それぞれを崩さないよう、そっと小皿に乗せる。ケーキの準備が整う頃には、紅茶も程よく色が出たようだった。ほのかの分のマグカップを置いたのち、自身のマグカップを手にラキオも向かいに着席する。

「二つも買ってきたの?」

「えへへ、選べなくて……三つでもよかったんだけど……」

「いつも思うけど、満腹中枢に重大な欠陥があるとしか考えられないよね」

「やっぱりそう思う……?でもこのタイプのタルトは飲み物だから……チョコの方はたぶん、食べ物だけど……」

「人語で意思疎通してくれない?」

フォークを手に取ったほのかはラキオの返事にくつくつと肩を揺らす。本気なのか冗談なのか分からないようなほのかの言葉を受け流すのも、ラキオにとってはもうお手のものだ。

いただきますと手を合わせて、ほのかはチョコレートケーキを口に運ぶ。

「はむ……んふ、おいひぃ……」

「……というか、誕生日ってこれで合ってるのかい」

「え?」

本来、誕生日にケーキを食べるべきなのは誕生日を迎える人間であるはずで。そのケーキだって、ロウソクを吹き消すとかいう儀式を行うためにホールケーキを用意するのが一般的でもあるはずで。恋人という関係性であるならば、気取った場所に出掛けるというのも選択肢としてはメジャーだろう。そういったイベントに縁がなかったラキオでも、それらがそういうものであると、知識として理解はしていた。

ところが目の前の恋人ときたら、人の誕生日にかこつけて自分が食べたいケーキを勝手に選んで買ってきて、主役の家に上がり込んで一人で勝手に食べている。通例的な誕生日パーティーがしたかったわけでは当然ないが、この状況に疑問を抱くのもまた自然なことではあるだろう。

「……もしかして、ラキオちゃんも食べたい……!?」

「人語を喋れって言ったよね?」

ラキオが鋭く釘を刺してもほのかにはノーダメージのようで、ほのかはにこにこと幸せそうにケーキを食べ進める。

「だってラキオちゃんはケーキ食べないでしょ?」

「まあ欠片も興味は無いね」

「でも誕生日といえばケーキですから」

「その思考回路が意味不明なんだけど。何がどうなったらこうなるンだい」

「ええ……?うーん……」

改めて問われ、ほのかはフォークの先を唇に当てて考え込む。そして十数秒ほどうんうん唸ったのちに、少しずつ言葉を並べ始めた。

「私は、ラキオちゃんと一緒に時間を過ごせれば、なんでもよくて……今日、何しようかなって、色々考えてはいたんだけど。結局ね、なんでもいいなってなっちゃったから……ただ一緒にいたいの。だからね、誕生日だしケーキ買って行こうかなって思っただけ。えへへ」

つまりほのかは、ラキオと過ごす時間のお供としてケーキを買ってきたにすぎないのだ。そのケーキはラキオの誕生日祝いでもなんでもなく、ただの自分のおやつ。ケーキというカテゴリが選出された理由は、たまたま今日がラキオの誕生日だったから。誕生日といえばケーキ。ただそれだけなのだ。

「……一応、ケーキを買ってきた経緯については理解したよ」

「そう?満足しましたか?」

「ま……そういうことにしておこうか」

「え〜、納得してないの〜?ふふ」

自分は果たして納得していないのだろうかとラキオは自問する。家で二人で紅茶を飲んで、ほのかは何かを頬張っていて、何を話すとでもなく時間を過ごして。そんなの普段と変わらないじゃないかと思う自分も居るし、何か問題でもあるのかと反論する自分も居る。別に普段と違うことがしたかったわけでは無いけれど、とはいえなんとも拍子抜けである。だが、ほのかがそういう人間であることをラキオはうんざりするほど思い知らされてきた。こちらから特別を求めなければきっと、ほのかの方から特別を求めてくることも無いのだろう。仮にこちらが求めたとしたら全力で応えてくるという点が、やや厄介ではあるのだが。全くこの恋人は、というところまで差し掛かり、我に返ったラキオは思考を止めた。

「君は思考が飛躍しすぎる。そんなのをいちいち追求するだけ無駄ってことだよ」

「そっか。そんなに変かな?だって誕生日だよ?ケーキ食べなきゃ損じゃん!」

一体何が損なんだ。そういうのが理解に苦しむって言ってるンだよ、と喉元まで出かかったラキオだったが、無駄と断言した手前この話題を引き延ばすのはやめにした。言葉になり損ねた感情をため息として吐き出す。

「あ、そうだ」

チョコレートケーキを食べ終わったほのかは一旦フォークを置いて席を立ち、ソファの傍に置いていた自らのトートバッグを漁る。そして取り出したものをラキオにずいと差し出した。

「えへへ。プレゼントです」

ギフトバッグにリボンが貼り付けられたシンプルなラッピングのそれを、ラキオは無言で受け取った。大きさやラッピングの雰囲気から察するに、アクセサリーの類だろうか。向かいの席に戻ったほのかがいちごタルトに手をつけながら、早く開けろとばかりににこやかな圧をラキオに向ける。

開けない理由も特に無く、ラキオは淡々とラッピングを開封し、中身を取り出す。入っていたのはシルバーのイヤーカフだった。抽象的なラインのデザインやラインストーンが付いたデザインのものが三個、セットになっている。

「どう?」

「……悪くないンじゃない」

「ほんと?よかった!」


ケーキを食べて、紅茶を飲みながら、ラキオとただ言葉を交わす。ほのかにとってそれがどれほど特別で尊いことなのか、ラキオは本当には理解していないのだろう。

どんな煌びやかなパーティーより、どんな豪華な食事より、ただ同じ時間を過ごしたい。それがほのかの願いで。ラキオの誕生日に、ラキオがそれを許してくれた。

(そんなプレゼント、やっぱりとても返しきれないな)

おかしいな、今日は誰の誕生日なんだっけ。

ラキオが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ほのかは密かに苦笑した。


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