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理屈屋は熱に弱い

  • 15hono20
  • 2025年11月10日
  • 読了時間: 5分

真夏の突き刺す陽射しを街路樹の影で凌ぎながら、ほのかはラキオを待っていた。手元の端末で今日訪れる予定のカフェを検索し、パフェのメニューを眺める。きらびやかなメニュー写真のトップには、夏限定メニューの桃パフェが堂々と君臨している。どのパフェも捨て難いが、やはり今日食べるならこれだろう。にまにまとだらしなく緩んでいる頬に気付き、はっとする。いけないいけない、お店の場所を確認するんだった、と指を動かしていると、木漏れ日がふと、黒い影に遮られた。

「おねーさん、可愛いですね!」

「一人?今何してるんですか?」

「え、えっ?」

一瞬状況が飲み込めず、ほのかは狼狽えた。ぱっと見、清潔感のある服装に身を包んだ二人組の男が、いかにも無害そうな笑顔を貼り付けたまま、ほのかを包囲した。そして自分たちのペースを作り出そうと、立て続けに質問を投げかけてくる。ほのかはそれに乗せられないよう、かと言って相手の機嫌を損ね過ぎないようにも気を配りながら、この状況をどう切り抜けたものかと考えを巡らせた。それと同時に視界の端に、こちらへ向かって歩いてくるラキオの姿が見えた。

「あっ……!あの!」

友達が来たので、と言い残して場を離れようとすると、ほのかがそれを言い出すより前に、二、三歩先からラキオの声が場に届いた。

「何か用?僕の彼女なンだけど」

「へっ……!?」

想定外の台詞にほのかが目を丸くしていると、ラキオは男たちの前に立ち塞がった。現れた待ち人の姿に、男たちは露骨に表情を曇らせる。

「なんだ男いんのかよ……」

「え……キショくね?化粧してるぞコイツ、ガリガリだし」

「いやそれな?おねーさん、こんなナヨっちいのやめて、俺らと遊ぼうよ〜!」

「いや……その……」

ラキオに浴びせられた嘲罵にほのかは深く傷ついたが、こんな低脳な人間に言葉を返すのも馬鹿馬鹿しく、しかし黙ったままでいるのも悔しくて、思考はやや混乱し始めていた。

「……行くよ」

そんな様子も察したラキオは、ほのかに静かに退散を促し、歩き出す。ほのかも慌ててそれに続き、男たちに背を向けた。

「は?無視かよオイ。待てよ!」

居ないものとして扱われたことを不服に思ったのか、男のうちの一人がほのかを強引に振り向かせようと、肩を掴んだ。ほのかは抵抗するが、男は手を離そうとしない。するとラキオがつかつかと男に近寄り、男の顔を見上げて淡々と告げた。

「……どうやら人語は辛うじて理解しているようだけど……人間と呼ぶに相応しくない知能レベルの生物と、なるべく会話したくないンだよね。こっちの思考回路まで腐敗しそうでさ」

ラキオが言い終わらないうちに、男たちがみるみる怒りに震え出したのをほのかは感じていた。いけない。このままではラキオが危険だ。

「ラ、ラキオちゃん!行こうっ!!」

男がラキオに殴りかかろうとしてほのかの肩から手を避けた刹那、ほのかはラキオの手を引いて全速力で走り出した。



***



「はぁ…………っ、大丈夫?ラキオちゃん……」

裏路地や通路の狭い雑貨店などを駆使し、二人はなんとか男たちを撒くことに成功した。建物の影に入って涼を取りつつ、ほのかは息を整えながらラキオに問いかける。

「……っ、君こそ……そのヒールで、よくやるよ……」

「だって……!逃げなかったら、ラキオちゃん、怪我してたかも……!」

「別に……自分の発言の責任は、自分にある」

その言葉は実にラキオらしいものだったが、反面、自らを犠牲にするようなラキオらしくないやり方にほのかは疑問のような、不安のような感情を抱いてもいた。身を挺してまで、守ってくれなくてもいい。常に自分を大切にするあなたでいて欲しい。でも変わっていくあなたの姿も美しいと思うから、その変化を否定したいわけじゃない……。

「……無理、しないで……」

様々な思いが詰まった喉から搾り出した台詞は、たったそれだけのものだった。けれどラキオは珍しく少々しおらしい態度でため息をつき、返した。

「……まあ……もっと上手いやり方があったかもね」

その言葉にほのかは安堵の表情を浮かべ、微笑んだ。全力疾走で乱れたラキオの髪を、指先で軽く直してやる。

「ごめんね、私が気をつけてなかったから……」

「は?あんなもの、自衛のしようがないだろう。常に何らかの罪を被ろうとするの、見ててイライラするからやめてくれる?」

「……うん、ありがとう」

ラキオの言葉は、いつも心地良くほのかの胸に刺さる。優しく包み込むだけではなく、厳しく突き放すだけではなく、その棘が心に突き刺さって、ずっと見つめていてくれる。ああ好きだなあと、長い髪を整えながらほのかは思った。


漸く目的のカフェに向かって歩き始めると、ほのかが思い出したように口を開く。

「あ……あとね、さっき……男性のふり、してくれたよね?」

それはほんの少しの憶測を孕んだ確信だった。ほのかが女性である以上、ラキオの性別が何であれ、恋人としてのほのかを表現する名詞として『彼女』を用いることに何の問題もないのだが、ラキオが自分を『彼女』と表現したことに違和感を覚えたのだ。おそらく“男性”という属性をより分かりやすく示そうとしたのだろうと、ほのかは考えていた。そしてそれはラキオの在り方に反する行為であることも、当然深く理解していた。

「ごめんね。ありがとう……」

「……いちいち、良いから」

「……えへへ。すごい、かっこよかった……だいすき、ラキオちゃんっ」

「フン……ああいう輩には『彼女』とかいう世俗的な単語をあえて聞かせた方が効果的だと思っただけで……」

ほのかに無邪気な笑顔を向けられると、ラキオはあれこれと理屈を並べ始めた。それはきっと嘘ではないのだろうけど、ああ、もしかしたら照れてるかもなと、ほのかは都合の良い解釈をしておくことにした。

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